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先日のゴールデンウィークは、丸の内で毎年開催されるラ・フォル・ジュルネでマカオ管弦楽団に客演しました。
様々な国籍のメンバーから構成されていて、西洋と東洋の融合された土地柄もあってか、とても自由で面白い音がしていて新鮮でした。
今月末も、今度はマカオ管弦楽団の金管五重奏のコンサートで、マカオにある世界文化遺産で演奏することになりました。
楽しみです!
リーダー

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16年ぶりにフリードリヒ先生と再会。
16年前の先生は今の私の歳。
変わらずパワフルな先生のお姿は懐かしく、当時のレッスンのことを思い出しながら、また私の今の生活がどんなかを話しました。ラッパを吹き続けていて二人の子の父親でいることをたいへん喜んでいました。

相変わらず私の語学力の拙さで存分に語り合うことは出来ませんでしたが、16年前には気がつけなかったものに気がつけて、
「この事だったのか!」
と感じることがありました。
恩師との再会には、それまでの時間の流れを成長として確認できるものがあるのは嬉しいですね。
リーダー
ちょっと調べれば答えが手に入る情報社会。たいへん便利です。私も良く利用します。
私は音楽を、そしてトランペットを生業にしていますから、特に作品を調べたり、音源を聴いたり、または世界中のトランペット奏者を観察したり、非常に便利です。しかし、これら全て参考になる程度にしか役立たないのです。
実践して感じて、考えて再現して、また考え再現して、そして感じるの繰り返しで、本当の答えが分かることになるのです。

先日、テレビで見た指揮者からの若者へのメッセージで
「出来るだけ身の回りから便利なものを排除する」
ことをすすめていました。
考えて感じで模索している人の目は彼方を見つめている眼差しですが、そうでない人は目の前のものしか見ていない、奥行きを感じられない目をしているように感じます。

便利な世の中になったことは喜ぶべきことですが、人間が人間でいる為には、その便利さに流されない意志を持つことが必要なのでしょう。昔はしなくても良かったそんな努力をやらないといけなくなっているのだと感じています。
リーダー

気力は充分に変わらずありますが、体力と回復力は知らず知らずのうちに落ちているのですね。
体調を崩し、あるきっかけでラッパの音が全く鳴らなくなりましたが、0からスタートして気がついたことがありました。力を利用できてた頃とは違う感覚で音が出るようになって、これがECOなのかぁと。
一日の使い方も変わってくるでしょう。

厄年は新たな未来に向けた大切な節目なのだと感じました。
人の命に厄年があるように、環境にも厄年のようなものがあるのかもしれません。間違いなく2011年はそうでしょう。
今年の追悼番組はもう人間の傲慢さが出てきてると感じました。もう薄れてきてるのかもしれません。それではダメですね。

リーダー